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日本語ジャーナル:日本語を「知る」「教える」

地域日本語教室づくりの肝となる、チームビルディングとは

2022年5月30日に福岡県・日本語教育環境整備事業(文化庁・補助事業)の一環で、福岡県古賀市の日本語教室を対象に「つながる!チームビルディング研修-みんなが楽しく活動するために必要なこと-」(以下、チームビルディング研修)を行いました。地域日本語教育というと、主にその内容面に注目が集まるのですが、同じように大切なことにチームビルディングがあります。今回のコラムでは、このチームビルディングのエッセンスを考えます。(深江新太郎/NPO多文化共生プロジェクト)

「なぜ」を共有する

私は2020年度より、福岡県古賀市の地域日本語教育体制整備に携わっています。その古賀市は、もともと日本語教室があったのですが、多文化共生という観点から日本語教室を再編する試みを行っています。具体的には、たくさんの日本人住民の方が参加して成り立つ交流型日本語教室をつくる取り組みです。現在、スタッフの登録者は41名で、その内、約20名の方が実際に活動を行っています。このように多くの人が教室運営に携わってくれることはとても嬉しいことですが、同時に、チームビルディングという課題も生まれます。ここでチームビルディングとは、日本語教室に関わるスタッフ全員が、目的を達成するために自分の能力を発揮しながら主体的に取り組める関係性を構築することです。チームビルディングに成功すると、「私の」教室ではなく、「私たちの」教室とスタッフ一人一人が考え始めます。

このチームビルディングのために実施した大切なことは、教室のコンセプト作成です。「なぜ」この教室を運営していく必要があるのか、この教室があることでどんなことが嬉しいのかを話し合い、スタッフ同士で共有したのです。古賀市は、教室の役割を①仲間と一緒に楽しく過ごせる場所 ②地域に密着し情報を得て、生活を豊かにできる場所 ③自分の思いを日本語で表現できる場所―と整理しました。このように教室がどんな場所であるのかが整理され共有されることが、「私たち」の教室をつくる一歩と言えます。

日本語教室について考えるとき、教室活動で「何を」「どのように」行うかに目が行きがちですが、日本語教室そのものをどのように位置づけるかが、その運営にとって重要になってきます。その位置づけが明確になることで、関わるスタッフは共通の認識を持つことができます。

コミュニケーションの量を確保する

日本語教室のチームビルディングを考えたとき、次に課題になるのがコミュニケーションの機会が少ないことです。日本語教室は1週間に1回のところが多く、スタッフ同士でなかなか話し合いを行う機会がありません。ただ、チームビルディングを行うためには、コミュニケーションの量の確保が必要不可欠です。チームビルディング研修の中で、古賀市のスタッフとこのテーマについて、話し合いを行いました。まず、オンラインでコミュニケーションの機会をつくることを検討したのですが、オンラインでの参加が技術的に難しいスタッフがいて公平な参加の機会がつくれないため、オンラインという選択肢はなくなりました。LINEやSlackも同じ理由で選択肢からなくなりました。残ったのは、対面です。

チームビルディング研修の前まで、古賀市は月1回、活動後に30分程度、打ち合わせの機会を持っていました。ただ、市とスタッフの話し合いというイメージが強くもう少しスタッフ同士が話せる機会を持ちたいというところで、「毎回、教室活動の前の15分間を話し合いの場にする」という提案がチームビルディング研修の中で出ました。もちろん参加できる方のみでOKという条件です。このように、コミュニケーションの質を改善する前に、どのようにコミュニケーションの量を確保するかを各教室の状況に合わせて考える必要があります。

コミュニケーションの質を改善する

最後に、スタッフ間でどのようなことに留意して、コミュケーションをとればよいのかを考えます。

コミュニケーション(Communication,Communicate)の語源は、「共有する」「交わり」「分かち合う」で、「知らせる」「伝達する」という意味は後に派生したものです(『オックスフォード英単語由来辞典』『英語語源辞典』)。「私たち」という関係性を構築するためには、「共有する」「分かち合う」コミュニケーションが必要となるのですが、その鍵を握るのは相手のことばの聞き方です。相手がどんな取り組みをして、どんなことを考えているのか、丁寧に聞くことがチームビルディングには不可欠です。

チームビルディング研修では、ペアになって、「最近の教室活動」というテーマで3分間、話をしてもらいました。ただ、その際、条件がありました。一人は話す役、もう一人は聞く役、を決めることです。聞く役の人は、話す役の人が話をしている内容を聞き、自分の教室活動について話してはいけません。このワークの終了後、みなさんの雰囲気がとても和んだものになっていたのは印象的でした。私たちは、日ごろ、相手が話しているときに、自分が次に何を話そうかということを考えがちです。しかしこのように、相手のことばを丁寧に聞くという意識を持ったうえでのコミュニケーションをとることで、相手は自分の話を受け止めてもらえたと自分の価値を感じることができます。それが、チームでの活動をよりよくしていきます。

さて、古賀市でのチームビルディング研修後の話ですが、実際に活動前の話し合いをやってみると、「活動が終わってからのほうがいいね」ということになり、話し合いは活動後となったそうです。「学習者と自由なテーマで話すのは難しい。どんな事前準備をしている?」「日本語が不慣れな学習者との会話が難しくて続かない。どうしたらいい?」などの話題が出て、意見交換が行われました。「今日みたいにみんなで話すのっていいね」という声が出る中、共有の手段として見送られていたLINEについて、「これを機会に使ったことがない人も使ってみよう」という話となり、スタッフによるグループがつくられたそうです。

「チームビルディング研修会のおかげで、スタッフがいきいきと活動し始めました」「『わたしの』ではなく『わたしたちの』日本語教室、と言える雰囲気になりました」という感想も届き、関係性を構築するためのチームビルディング研修の効果を感じることができました。

今回のコラムでは、地域の日本語教室を運営する上で必要不可欠なチームビルディングについて考えました。スタッフ一人一人が個としてあるだけではチームはバラバラになり、意見がまとまらなかったり、互いに批判し合ったりすることもあります。したがって、それぞれの個性を大切にしながらも「私たち」と呼べる関係性をつくることで、その活動はより充実したものになるでしょう。

執筆/深江新太郎(ふかえ しんたろう)

「在住外国人が自分らしく生活できるような小さな支援を行う」をミッションとしたNPO多文化共生プロジェクト代表。福岡県と福岡市が取り組む「地域日本語教育の総合的な体制づくり推進事業」のアドバイザー、コーディネータ―。文化庁委嘱日本語教育施策アドバイザーなど。著書に『生活者としての外国人向け 私らしく暮らすための日本語ワークブック』(アルク)がある。