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日本語ジャーナル:日本語を「知る」「教える」

フリーランスの日本語教師として働くー小山暁子さん2 フリーランスはサービス業者

フリーランス日本語教師として活躍中の小山暁子さんのコラムを全3回でお届けしていきます。『ビジネス日本語 教え方&働き方ガイド』(アルク)の中でもフリーランスの日本語教師としての働き方をご自身の経験から惜しみなく執筆してくださいました。第2回目はフリーランスとして働き始めてからのこと、働く中で得た気づきなどについてです。

目の前の学習者に集中するのが一番の宣伝

フリーランスとして独立した当時はインターネットも発達していなかったので、外国人が多く住んでいるエリアのスーパーなどに張り紙をして回るなどの努力もしました。しかし、徐々に、自分で宣伝して回るより、かつての学習者や企業の口コミが一番強い。そのためには、目の前の学習者に集中し、学習者本人や企業の研修担当者に満足してもらうことが一番だと気付きました。上達したことを本人や周りの人が認めてくれれば、お願いして回らなくても仕事は入ってきます。皆さんも美味しいレストランに行ったら、人に話したくなるのではないでしょうか。それと同じです。

……なんて、悟りきったようなことを書いてしまいましたが、実は、これは今では親しい友人の元教え子に教えてもらったことです。フリーランスになって、企業の仕事が増えるにつれて、学歴がないという劣等感が膨れ上がってきました。ある日、世界的に有名な新聞社の日本支社長だった彼に相談しました。「優秀な大学出の日本語教師が大勢いる中、世界的名門大学卒のあなたの教師が私でいいのだろうか」すると、間髪入れず彼が答えました。「おいしいレストランのシェフの学歴なんて誰も気にしない。美味しい料理を提供して客が満足するサービスができていればいいんじゃない?僕は満足しているよ」それ以来、私は「サービス業者」に徹することにしました。ひとりひとり、一社一社のお客様が望むものを提供し、満足してもらえるようなサービス業者になろうと心がけてきました。今でも「先生」と呼ばれることが苦手なのは私の劣等感から来ています。

チャンスをつかむために、知恵を絞り、動く

フリーランスで教えはじめた頃は個人が自前で払ってくれるプライベートレッスンやセミプライベートレッスンが多かったのですが、徐々に紹介されて私の下に来る依頼の中に会社払いでという話が増えてきました。しかし、いざ会社の担当者に会いに出向くと、決まり文句のように「ウチは個人とは取引しないので、どこかの学校か教育機関に所属してほしい」と言われました。私がフリーランスになったのは学校の方針に違和感を覚え、かつ、自由な働き方がしたかったからです。それは教え方や教材についても同じです。その学習者が必要とするレッスンを作り上げるにはその人をよく知り、その人に適したコースデザインをして教材を選ばなければその人が満足するゴールにたどり着くことはできないと信じています。日本語を学ぶ真の目的や費やせる時間によって、教え方も教える内容も変わってくるはずだと思うのです。どんなにいい教科書でも万人に合うものはないと思っています。

しかし、もし私が学校に勤め、その学校の決まりや方針があったら、それに従わなければならないということも理解できます。個人とは取引しないという会社の原則もわかっていました。だからと言って、企業と取引したいがために所属させてくれる学校を探すなんて私にはできない、ナンセンスだと思いました。

ここでこの学習者からの依頼を白紙に戻すのは簡単ですが、そうするとこのチャンスは絶たれてしまいます。この人だけでなく、その先に続くかもしれない将来のクライアントにも繋がれません。そこで、無い知恵を絞って、本当に打つ手はないものか考えました。私が思いついたのは、簡単に諦めずに、ダメもとでもう一押しすることです。この会社の社員で学びたいという人に会社は授業料を出すと言っている。その社員本人に望まれて会社まで赴いたのだから、この学びたい本人に動いてもらえないだろうか。現に、本人に上司や担当者と話してもらうと「特例として」と許してくれる企業がほとんどでした。一度、特例が通れば、それは通例になるということも覚えました。

可能性が少しでもあったら、あきらめずにトライしてみてください。そして道ができたら、感謝して、最善を尽くした授業をして返す。せっかく繋げてもらった紹介者、社内で動いてくれた学習者本人、そして特例を認めてくれた担当者を失望させないよう全力を尽くしましょう。

クライアントファーストという信念

私が常に忘れてはいけないと自分に言い聞かせているのは、クライアント、私たちを雇ってくれる人がいるから私たち教師の仕事が成り立っているということです。クライアントファーストという信念は30年以上経っても、まったく揺らいでいません。

今は秋の行楽シーズンですが、大人数のクラスレッスンとプライベートレッスンやセミプライベートレッスンには、バスツアーと観光タクシーのような違いがあります。学校には大人数の学生を安全に予定通り、同じ目的地に届けるという大事なことがあります。またそのガイドなら多くの人が興味を持つその土地の人気情報を与えるという役割やバスの中で楽しく交流できるようなことも必要でしょう。ひとりのために行程を変えることは避けるべきことでしょう。

クライアントファーストでクライアントに合わせてカスタマイズするレッスンは、クライアントが独自の興味や状況に合わせて観光タクシーをチャーターするのと似ています。最初の予定を変更することもあるでしょうし、休憩を入れることもあるでしょう。そんなわがままが通ると思って雇う人が多いと思います。運転手である教師にさまざまな無理難題を求める人もいるかもしれません。バスツアーなら行程の中で同じバスに乗った人たちとの楽しい交流もあるでしょうし、これをきっかけに友情も生まれるかもしれませんが、観光タクシーをチャーターした場合は、同乗者、クラスメイトとの楽しい交流はありません。そのデメリットをクライアントファーストでどう埋めるか、日本語のレッスンの外でいかに日本人とつながる場を提供するか、クラス外で日本語を使える仕掛けを用意できるか、考えます。

ただ、ここで誤解してほしくないのは、クライアントファーストは、「お客さまは神様です」と言うかのように何でも逆らわず聞けということではありません。クライアントの言うなりになることではなく、クライアントが喜ぶことを何でもしてあげろというわけでもなく、クライアントと共に、最善最速の行程を一緒になって考え、満足できる旅のゴールに到達してもらうことだと考えています。

では、その料金はどうでしょうか。バスツアーなら交代してくれるドライバーやガイドがいると思います。個人で請ける観光タクシーの場合は、交代してくれる人もなく、すべてひとりで引き受けます。お客さんは、その価値がわかれば、料金が高くなることを理解してくれるでしょう。

セミナーや勉強会の度に聞かれることのひとつに、料金設定をどうしたらいいかということがあります。フリーランスとして教師紹介のプラットホームで他の教師の料金が気になり、つい自分から安くしてしまうという話も聞きます。そうやって、日本語教師の料金は安くなっていくのです。なにも儲けろということではないのです。教師以外の仕事、経理や生徒集めもすべて一人でしなくてはならないのがフリーランスです。それぞれに時間も労力もかかることを考えれば自ずと料金競争だけはしてはいけないとわかるはずです。

自分が幸せだと思う働き方を

ここまでお話ししたように、私はクライアントファーストでいるためにフリーランスという働き方を変えずにきました。企業化したらどうかという話は今までにも幾度となくありました。しかし、企業になったら利潤を上げていかなければなりません。私は今のところ企業化し社長業をしていくことに興味がないので、フリーランスを続けています。

こうなるともう価値観の問題で、何がいいということではなく、その人にとって何が幸せなのかということです。脈絡もなく様々な仕事をしてきたと感じられるかもしれませんが、私の興味がヒトにあるということは変わっていません。ひとりの人間としてヒトに関わる仕事が好きだという単純な話です。仕事は生活のためにするもので、楽に稼げればいいというのもひとつの考え方です。誰よりも有名になって憧れの的になるのが夢ならそれもいい。仕事より家族の時間を最優先したいというのも、趣味のために働くというのもいいでしょう。仕事か仕事じゃないかではなく周りにいる人を幸せにするために頑張るのも素晴らしいことだと思います。そして、最終的に会社を立ち上げるための通過点としてフリーランスからスタートするというのもいいと思います。

フリーランスが一番いいなんて言いません。私にとっては最高の働き方ですが、もちろん、厳しい現実もあります。守ってくれる後ろ盾がないので、仕事の出来不出来は、即座に明日の契約影響してきます。人によっては不安で苦しい働き方かもしれません。学習者も十人十色なら、教師も十人十色、それぞれが、自分が幸せだと思う働き方をしてほしいという思いで『ビジネス日本 教え方&働き方ガイド』の最後の章は書かせていただきました。

日本語教師はこうでなければいけないと考えずに、こうしたらもっと幸せな働き方ができると考え、ご自身が幸せだと感じられる日本語教師生活を送っていただきたいと思います。大して期待もせずに、飽きるまでの腰掛のつもりで始めた日本語教師も40年続き、今は、素晴らしい仕事に出逢ったと感じています。