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日本語ジャーナル:日本語を「知る」「教える」

「日本語教育の参照枠」最終報告まとまる

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2021年10月21日に、「日本語教育の参照枠」が文化審議会国語分科会で取りまとめられました。2019年から策定に向けて審議が続けられ、これまで一次報告、二次報告が出されてきましたが、その最終報告になります。「日本語教育の参照枠」は、今後の日本語教育に大きな影響を与えることが予想されます。日本語教育に関わる方にはまずは報告書を一読することをお勧めしますが、非常にボリュームのある報告書でもありますので、ここでポイントをまとめておきます。

「日本語教育の参照枠」とは何か

日本語教育の参照枠:

https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/hokoku/pdf/93476801_01.pdf

「日本語教育の参照枠」とは、日本語を教える際に活用できる枠組みのことです。学習者の日本語レベルに応じて求められる日本語教育の内容・方法を明らかにし、外国人等が適切な日本語教育を国内外で継続的に受けられるようにするため、日本語教育に関わる全ての人が共通に参照できる日本語学習、教育、評価のための枠組みになります。「日本語教育の参照枠」を参照することにより、日本語学習者や日本語教師が、生活、就労、留学といった外国人の活動状況に応じた日本語教育の基準や目標を定めやすくなります。開発に当たってはCEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)を参考にしています。

「日本語教育の参照枠」が開発された背景としては、日本に在留する外国人の増加、多様化が進んでいることがあります。また、外国人の移動に伴う国内外の日本語学習の連携も必要になってきています。

これまでも日本語学習者の多様化への対応や教育内容の連携を図るために、さまざまな学習者の日本語能力を判定する試験が開発実施されてきましたが、各試験が判定する日本語能力についての共通の指標はありませんでした。今後ますます日本で働く外国人が増加する中で、企業等が職務内容に応じた外国人の採用条件として活用するための日本語のついての共通指標整備されておらず、職業ごとに求められる日本語能力の判定基準の策定も進んでいません。特に2019年に新設された在留資格「特定技能」では、入国要件等に一定の日本語能力が課せられていますが、国としての日本語力についての統一的な指標は策定されていません。

さまざまな日本語レベルの外国人等を受け入れている地域の日本語教室でも、日本語の熟達度を判定する指標がないために、教室運営に支障を来すなどの問題が生じています。例えば留学生向けの試験が、必ずしも「生活者としての外国人」や就労者に対する日本語能力評価としては適さないということもあります。また、4技能においては、試験で測りやすい「読むこと」「聞くこと」などのインプットに関する評価をする試験は数多くありますが、「話すこと」「書くこと」などのアウトプットを評価する試験はあまりありません。

このような日本語教育を取り巻くさまざまな課題意識から生まれたのが「日本語教育の参照枠」です。

「日本語教育の参照枠」が目指すもの

まず「日本語教育の参照枠」では、以下の3つを言語教育観の柱としています。

1、日本語学習者を社会的存在として捉える

学習者は、単に「言語を学ぶ者」ではなく、「新たに学んだ言語を用いて社会に参加し、より良い人生を歩もうとする社会的存在」である。言語の習得は、それ自体が目的ではなく、より深く社会に参加し、より多くの場面で自分らしさを発揮できるようになるための手段である。

2、言語を使って「できること」に注目する

社会の中で日本語学習者が自身の言語能力をより生かしていくために、言語知識を持っていることよりも、その知識を使って何ができるかに注目する。

3、多様な日本語使用を尊重する

各人にとって必要な言語活動が何か、その活動をどの程度遂行できることが必要か等、目標設定を個別に行うことを重視する。母語話者が使用する日本語の在り方を必ずしも学ぶべき規範、最終的なゴールとはしない。

 

いずれも重要な考え方ですが、中でも冒頭に挙げられている「社会的存在」について、報告書では以下のように補足しています。

例えば日本語を教える際にも、ある文法事項を実際の言語使用の場面などと関係なく教える、全員に同じ漢字・語彙を教えるなど、多くの場合、教える側の事情によって、学習者を異なりのない均一な存在として捉えてしまうことはないでしょうか。そうではなく、学習者が置かれている様々な背景や社会的な状況に応じて、生活の中で必要な表現や話し方、漢字・語彙を学ぶ、仕事で求められる技能を優先的に伸ばすといったことが大切です。特に成人の場合は既に持っている知識や経験を生かして学ぶことができるのです。このように一人一人異なる状況に応じた学びを支えるための枠組みとして「日本語教育の参照枠」は編まれました。社会と教室を隔てることなく、学習者一人一人の豊かな多様性を生かし、日本語を通した学びの場を人と人が出会う社会そのものとすることによって、共生社会の実現を目指す。それが、「日本語学習者を社会的存在として捉える」という言葉に込められた意味なのです。

ここには全ての日本語教師や関係者が常に意識しておかなければならない、日本語教育に関わる際の基本的なスタンスが示されていると思います。これらの考え方はCEFRにおける行動中心アプローチの影響を受けています。行動中心アプローチとは、多様な背景を持つ言語の使用者および学習者を、生活、就労、教育等の場面において、さまざまな言語的・非言語的な課題を遂行する社会的存在として捉える考え方のことです。学習者は文法や語彙の難易度等にかかわらず、課題を遂行するために必要な事項から学ぶことができます。

「日本語教育の参照枠」の構成

「日本語教育の参照枠」では3つの言語教育観の次に、「全体的な尺度」「言語活動別の熟達度」「言語能力記述文(日本語教育の参照枠 Can do)」が示されています。

「全体的な尺度」とは、日本語能力の熟達度を、下からA1~C2までの6つのレベルに分け、各レベルで日本語を使ってできることを言語能力記述文(~できるという形)で示したものです。

「言語活動別の熟達度」は、全体的な尺度を「聞くこと」「読むこと」「話すこと(やり取り)」「話すこと(発表)」「書くこと」の5つに分け、それぞれの言語活動とレベルにおいて何ができるかを示したものです。この指標は、日本語教師が日本語を教える際にも、学習者が自分の日本語能力を把握するためにも活用できます。

「言語能力記述文(日本語教育の参照枠 Can do)」では、「活動Can do」「方略Can do」「テクストCan do」「能力Can do」の4つに分けて、言語能力記述文を示しています。

日本語教師および学習者は、「全体的な尺度」「言語活動別の熟達度」「言語能力記述文(日本語教育の参照枠 Can do)」のレベルに基づいて、生活・留学・就労等の分野別の言語能力記述文を参照したり、さまざまな現場の実情に合わせて柔軟に「現場Can do」を選択・作成したりできることになります。

「日本語教育の参照枠」によって期待できる効果

このように「日本語教育の参照枠」が整備されることによって、どのような効果が期待されるのでしょうか。報告書では、以下のように述べています。

1、国内外共通の指標・包括的な枠組みが示されたことにより、国や教育機関を移動しても継続して適切な日本語教育を受けることができる。

2、生活・就労・留学等の分野別の能力記述文(Can do)が開発され、生活者・就労者・留学生等に対する具体的かつ効果的な教育・評価が可能になる。

3、日本語能力が求められる様々な分野で共通の指標に基づく評価が可能となり、試験間の通用性が高まる。適切な日本語能力判定の在り方が示されたことにより試験の質の向上が図られる。

 

これらのことを通して、国内外における日本語教育の質を向上させ、共生社会の実現に寄与することが期待されるとしています。文化庁では引き続き、「日本語教育の参照枠」を日本語教育の現場で活用するための教え方の手引き、生活者としての外国人を対象とした「生活Can do」作成等について審議し、令和3年度中に取りまとめる予定です。