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日本語ジャーナル:日本語を「知る」「教える」

日本語能力試験に学習者を合格させるための「語彙」攻略法

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日本語を母語としない人を対象に、日本を含め世界87カ国・地域(2019年)で行われている試験が日本語能力試験(Japanese-Language Proficiency Test、以下JLPT)です。日本語学習者の日本語能力を測る最大規模の試験として、年々受験者が増えています。皆さんが日本語を教える学習者の中にも、JLPT合格を目指している人は多いのではないでしょうか。JLPTはいくつかの科目に分かれますが、その中でも「語彙」は試験科目としてはもちろん、読解や聴解の基礎力としても大変重要です。日本語能力試験に合格するための語彙力はどうしたら身につくか、さらには「使える語彙」をどうやって増やしていけばいいのか。『改訂版 耳から覚える日本語能力試験 語彙トレーニングN1』『同N2』『同N3』シリーズを上梓した、安藤栄里子先生にお話を聞きました。

日本語能力試験(JLPT)とはどういう試験か

――まず本書のタイトルにもなっている、「日本語能力試験(以下、JLPT)」について教えてください。

JLPTは外国人の出入国管理上の優遇措置、日本の大学や日本語学校へ留学する際の目安、外国人が日本で医師、看護師、薬剤師、保健師などの国家試験を受験するための条件など、さまざまに活用されています。在留外国人の増加に伴い日本国内の受験者が増加しています。また、海外では日本のポップカルチャーへの興味や日系企業への就職のために受験する人も増えています。2019年に受験者は、国内・海外合わせて初めて116万人を超えました。

――書名にも入っているN2やN3というのは日本語のレベル(受験級)ですね。これはどのように分かれているのですか?

JLPTは5つのレベルに分かれており、各レベルの認定の目安や試験科目はこのようになっています。

認定の目安

レベル

認定の目安

N1

幅広い場面で使われる日本語を理解することができる。

N2

日常的な場面で使われる日本語の理解に加え、より幅広い場面で使われる日本語をある程度理解することができる。

N3

日常的な場面で使われる日本語をある程度理解することができる。

N4

基本的な日本語を理解することができる。

N5

基本的な日本語をある程度理解することができる。

試験科目と時間

レベル

言語知識(文字・語彙・文法)・読解

聴解

合計

N1

110分

60分

170分

N2

105分

50分

155分

レベル

言語知識(文字・語彙)

言語知識(文法)・読解

聴解

合計

N3

30分

70分

40分

140分

N4

30分

60分

35分

125分

N5

25分

50分

30分

105分

――N5→N1とレベルが上がっていくのですね。試験の合格率(認定率)はどのぐらいですか?

認定率は、2019年第2回試験(12月)の場合、N1:30.8%、N2:35.8%、N3:33.6%、N4:30.3%、N5:41.9%でした。

――最も易しいN5以外は3割台、おおよそ7割の人が不合格というのは、かなり難しい試験なんですね。何点満点で、何点以上取れば合格できるのですか?

2010年から、得点はすべて点数等価による「尺度点」で出されるようになりました。ですので、どの回の試験を受験しても、同じ能力であれば同じ得点になるとされています。その上で、N3であれば180点満点で95点以上が取れていること、かつ各科目で19点以上の基準点が取れていることが合格の条件になります。

――各科目で一定の点数を取らなければならないのですね。

日本語能力試験に合格するための語彙力とは

――日本語学校では、語彙の指導は一般にどのように行われるのでしょうか。

初級であれば教科書に出てくる語彙を覚えることが中心になります。JLPTの旧基準に照らし合わせれば、N5で800語、N4で1500語程度の語彙の習得が必要とされていますので、それだけでも容易なことではありません。中級からは、教科書に出てくる語彙に加えて、JLPTのクラスを設けている学校が多いと思います。さらには、上級になれば、例えば日本留学試験(EJU)を受験する学生は、EJU用の語彙学習を自分でも始めることになります。

――JLPTの「語彙」では「文脈規定」「言い換え類義」「用法」などの大問が出題され、いずれも4択の中から適切な語彙を選ばせるような問題が多いと思います。それぞれの問題の内容について簡単に教えていただけますか。

せっかくですので、今回出版した本から例をご紹介しましょう。「文脈規定」は文脈によって意味的に規定される語を選ぶ問題、「言い換え類義」は同義・類義の語彙・表現を選ぶ問題、「用法」は語彙の適切な使い方を選ぶ問題です。以下をご覧ください。

 

問題例:

【文脈規定】首脳会談の日程が、3カ月後の(  )10月1日に決まった。

a 翌 b来る c次の d明くる

【言い換え類義】部屋の中はひっそりしている。

aしいんと bざわざわ cしみじみ dごちゃごちゃ

【用法】てっきり

てっきり明日は雨だと思ったら、そのとおりになった。

てっきり今日は水曜日だと思っていたら、火曜日だった。

てっきり夏休みを長く取ろうと思っていたが、無理だった。

dこの成績ならてっきり合格は間違いないと思うが、どうだろうか。

 

――一口に語彙問題と言っても、いろいろな角度から出題されるんですね。学生が比較的得意な問題、逆に苦手な問題はどれですか。

「文脈規定」は得意な学生が多いと思います。選択肢の語彙の意味が分かればいいですし、長い文章を読むこともなく解いていけるので、学生は「やった気分」になるんですね。その一方で「言い換え類義」「用法」は苦手としている学生が多いように思います。

――それはなぜですか。

日本人が受験で英語を勉強する時もそうですが、基本的には単語の意味をひたすら覚えていくような学生が多いからだと思います。意味を覚えていれば4択からは選べる、しかし似た意味の言葉や使い方となると、途端にお手上げになってしまうんです。

――単語の意味を覚えることも必要ですが、それだけでは不十分と言うことですね。

はい。もちろんそういった単語の暗記も必要だとは思いますが、それだけではなく、文脈の中で語彙の意味を考えたり、よく一緒に使われる組み合わせ(コロケーション)を身につけたり、同義語・対義語を一緒に覚えたり、分野ごとに語彙をグループに整理したりといった、さまざまな活動が授業においても有効だと思っています。

使える語彙を増やして本当の語彙力を養う

――今回、改訂された「耳から覚える日本語能力試験 語彙トレーニング」シリーズは、これまでも多くの日本語学校で使われてきたと思いますが、この教材の中では「語彙力」をどのように捉えていますか。

私は語彙力において大切なことは、端的に言えば「使えるようになること」だと思っているんです。「聞いて分かる」「読んで分かる」というインプットだけではなく、「話せる」「書ける」というアウトプットまでが大切だと思います。

――実際の言語行動では、例えば何かを話そうとして適切な語彙を使おうとしたときに、目の前に選択肢があるわけではないですからね。

そういう意味で、「本当の語彙力」が不足しているように思います。本書の中では「使える語彙」を増やすために、さまざまな練習問題を豊富に掲載しています。先に上げた、JLPTと同一形式の問題も掲載していますが、それだけではなく、運用力を身につけるための問題も多いです。例えば、「スル動詞」を集中的に学ぶ問題、コロケーションの組み合わせを選ぶ問題、和語を同じ意味の漢語に変える問題、適切な格助詞を選ぶ問題などです。

――バリエーション豊かな活動を通してこそ、学習者は「使える語彙」を増やしていけるんですね。そもそも、ここで取り上げている語彙はどのような基準で選ばれているのですか。

日本語学校でよく使われている5つの教科書を分析し、そこで使用されている語彙をまとめたものをベースにしました。さらに、そこにはない語彙で使用頻度の高いもの、重要なもの、時代とともに生まれてきたもの(無くなっていったもの)などの情報を反映させました。

――そうであれば、日本語学校などでも使いやすいはずですね。日本語教師の皆さんには、本書をどのように使ってもらいたいですか。

ボリュームのある本ですので、まったくゼロの学生に最初から本書を使うのではなく、教科書などで本書の語彙にある程度学生がなじんだところで本書を使うと特に効果的です。学生は理解があやふやなところが明確に分かり、教師はそこを集中的に指導することができます。また、日本語教師の方なら、授業に入る前に本書で、その語の意味や関連語彙、使い方などを確認しておくという利用法もあります。

――今回、改訂によって変わったところはどこですか。

改訂版ではベトナム語訳が追加され、より日本語学校などで使いやすくなりました。苦手とする学習者が多い「自動詞/他動詞の区別」については、自他動詞の箇所を分かりやすくしました。また、旧版出版以降に常用漢字の改訂がありましたので、その新しい漢字表記に揃えました。音声はすべてダウンロードできるようになっていますので、授業でディクテーションとして活用したり、空き時間に聞いたりといった学習がよりしやすくなりました。

――日本語のかなりの上級者でも語彙については手こずるようです。これは日本語に限りませんが、語彙と言うのは外国語学習の最後の関門のような気がします。

本書をしっかりマスターすれば、JLPTはもちろん、日常生活において必要な語彙はしっかりと身についていると自信を持ってもらって大丈夫です。非常に歯ごたえのある教材ですが、ぜひチャレンジして「本当の語彙力」を身につけてもらいたいと思います。

――本日はありがとうございました。

安藤栄里子(あんどう・えりこ)

明新日本語学校教務主任。アルクから『耳から覚える日本語能力試験 文法トレーニング』シリーズ、『耳から覚える日本語能力試験 語彙トレーニング』シリーズ、『どんなときどう使う日本語語彙学習辞典』など、学習者用の書籍を多数執筆している。演劇や東海道徒歩旅行などが趣味。